双子パパの双極性障害/躁うつ病闘病blog

今日が人生で一番若い日。ちょっと病んだこと書くかも。398440愛してるよ

夏休み

夏休み。蝉が鳴いている。海行ったり、虫捕ったり、スイカたべたり、メロン食べたりしてたなぁ。

現状はというと1LDKのアパートで独り暮らし。40前独身男性だ。仕事もしてない。してないというか休職中。いつまで会社が待ってくれるか分かんねぇし、戻っても仕事出来る気がしない。やる気が完全に削がれている。

楽して暮らしたいだけなのかもしれない。仕事もせず悠々と。貯金が無くなったらどうする?それはその時考えよう。仕事なんていくらでもあるっていうが40前のノウハウ無いおっさんを雇ってくれるところがあるだろうか。

それを考えるのも後回しだ。

今は自活出来ることを優先してやるしかない。主治医に復職可の診断書をもらい、産業医面談する。それでOKでたらほぼ確実に復帰できる、、、と思いたい。

1年くらい長い夏休みだったのかもしれない。ちょうど去年の夏から急に調子を崩し始めた。仕事が嫌で嫌でたまらなかった。苦痛でしかなかった。パソコンに向かうとめまい、頭痛、吐き気をもよおしていた。元妻ちゃんはそんなにえらいなら仕事やめていいよと言ってくれた。でもそんなことしたら、みんなが食べられなくなる。家に住めなくなる。俺は1か月頑張った。でも結局ダメだった。1か月後の9月に休職の診断書を主治医に書いてもらい、上司に送付した。開放された気がした。少しは気が落ち着いた。

診断名は双極性障害Ⅱ型というものだった。うつの時は自分ではっきりとわかるが、躁の時は自分では気付けない。周りのサポートが必要なのだが、今となっては家族が散り散りになってしまった。これもすべて自分の責任だ。病気とは言え、夜中に叫んだり、自殺未遂したり、家族を不安にさせた代償だ。

自責の念が強い。一日一回は死のうって思う。結局は怖くて死ねない。それの繰り返し。それが毎日だ。生きる希望も、夢もない。子供たち、元妻ちゃんがいれば仕事にも張り合いが出てくるだろうけどもういないんだ。

暑い夏の夜、クーラーの効いた部屋で子供たちをマッサージしてあげていた。それがちょうど一年前だ。一年でこれほど人生が変わるんだな。

この一年で良かったことと言えば晋平さんに会ったことだ。いつもポジティブな回答をしてくれる。入院中は心の支えになってくれた。

今年中には復職したい。そうしないとほんとにヤバいがする。部署移動も簡単そうじゃなさそうだし、障がい者雇用枠での採用も自分から申し出るのもおかしな気がする。人事の判断に任せるしかない。1月から現在8月まで他人の選んだ道を言われるがまま、進んできた。何も楽しくないし、俺の人生じゃないみたいだ。夢の中にいるみたい。

これからも楽しいこと、遊びやご飯や、イベントなど出来るはずだったことが出来なくなってしまった。その逆もあるだろうが、1人ですることなんて知れている。やはり家族は一緒に居る方がいい。元妻ちゃんは一緒に居ない方が良いと考えた。

俺は納得していない。引き換え条件に離婚届を書かされたことを。

夏の暑い日に一日中クーラーの効いた部屋で想いを書き殴りました。